しおんの みやこよ

名古屋から、大阪は堺に到着。
今日は沖で錨泊なり。

わが家では親しい人たちが集まって、聖書談義に花が咲いとる頃じゃろう…。

昨日はふと、主が御名を置かれた都エルサレム、シオンに思いが巡っておりました。
船から見えた名古屋港水族館のシルバーのドームが、エルサレムの黄金のドームをわたくしめに連想させ、思いがそちらに向いておったのでありまする。

アブラハムがイサクをささげた丘。
かつてはダビデに始まりソロモンが完成させた神殿が建った丘。
バビロンに壊され、再建され、ヘロデの時代に綺麗に整えられた神殿の建っていた丘。
主イエスや弟子たちも、あそこで聖書談義をしょおったんじゃなぁ…。
西暦70年にはローマに木っ端微塵にされ、現在はその丘に、イスラムの黄金のドームが建っておる…。

聖書のあのシーン このシーンも走馬灯のように駆け巡る。
まるで触れることができるかのごとく、まるで人が語っているかのごとく、民にご自身をあからさまに現された主なる神。
終わりの時には文字通り、触れることのできる 人となり、その口で語られた神の言葉なるかた、キリスト・イエス…。

なのに…、触れられて神を愛する者とされた人たちの、なんと御旨からズレることの早いことよ…。
聖書に出てくる民だけにあらず。
現代の私たち、主の名を持って呼ばれている、キリスト教会と看板をあげる集まりさえも…。

この世の混乱のさまは、未信者が神を信じないからと結論づけることはできんと思う。
むしろ、神に触れられた私たちの、聖書を読みながらも改められない御旨からのズレ…。
その結果の刈り取りのようにも思えてくるわ…。

みんな、自分たちの流れを守ること、拡大することに必死なんじゃなぁ…。
そして、神に触れられたことのある確信を持つ自分たちが、よもや御旨からズレてるなんて考えにも及ばん 妙な自信…。

ハタから見ると、それは異端がかっとるじゃろうと思える人たちにも出会うんよ。港みなとであちこち顔を出してるとね。
でもねぇ、そういう流れの中にいらっしゃっとんのに、十字架のみわざに感動して、救いを喜んでおられるんよ…。
キリストの愛を、触れられて知っておられるんよ…。

あの団体の人たちは救われてない、なんて、わたくしめには断定はできん。

なんと、神のあわれみの深さよ…。
神のそのフトコロの広さよ…。

かといって、そのままでいることはお勧めできんとはいえ…(^^;)

聖書どおりにやってると自負している人たちも、偉い人たちがそう言ってるからとかじゃなくて、本当に自分は聖書どおりにやっとんのか、考えてみることはとっても大事なことじゃと思う…。

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ちいさな めいじん

松阪の後、名古屋に来ておりました。
現在は大阪の堺に向かっております。

名古屋港を出ますと、あるいは逆に、間も無く名古屋港というあたり、そこから双眼鏡でわが家が見えるのであります。

わが家からも、沖を走る船が見えるんですよ。
小さくですけどね。

夕方 出港して電話してみたら長男10歳が出てくれて、すぐに海に見に行ったんじゃて。
そしたらパパのお船が見えたそう…。

次男7歳はテグスの先に餌付きの釣り針が引っかかっているのを発見。
誰かが魚釣りの時に岩に引っ掛けて切れて、そのまんま棄てて行ったんじゃろうねぇ。
それをはずして拾って ぽちょんと海につけてみたら…、なんと…。

釣りの天才か???

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めも

朝に松阪到着、そのまま揚げ荷しまして、折り返し神戸に向かっております。
風はおさまって来ましたけどね、ウネリはおさまって来たとはいえ、まだ大きい。

ユダヤ人伝道者、アミルさんが来日するという情報をキャッチしておりますよ。
7月8日と9日が熊本の二ヶ所。
12日が神奈川は川崎で、集まるみたいじゃね。

お目にかかってみたいけど、川崎は水曜日か…、ちょっと仕事で厳しいかな…。

川崎の会場は、ユダヤの祭りと重なるブラッドムーンのことを力を入れて発信されようった教会じゃわ。

おもろいね。
アミルさんのメッセージは、ブラッドムーンとか天のしるしに惑わされるな!
そんなことよりイエスの言葉に留意せよ!…というもんじゃ…。
タイプ違い。

まあ ええけど(笑)

韓国経由の使徒運動の教会でもある…。
使徒的預言的運動に熱くなっとった頃、一回おじゃましたことがあるんよね…。

はい。わたくしめはアメリカ経由のそれでしたけど、足を突っ込んだことのある組みの者です(笑)

思うところあって、その流れと今は距離ができてしまいましたけどもね…。

ま会場のそれはともかく、本場ヘブライ視点で読み解かれるアミルさんの聖書のメッセージは、きっととてもおもろい収穫があるんじゃなかろうか…。

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とりのぞき

昨日、神戸から松阪に行きたかったんですが、昨夜の春の嵐を避けて、西ノ宮の沖に錨を打っておりました。

今日のお昼に抜錨、出港しましたよ。
外海では波が残っているでしょうけどね。突撃であります。

ウワサされてた朝鮮半島のXデーは、とりあえず一つ通り過ぎましたけども。
アメリカの副大統領の韓国と日本の歴訪中は、さすがにアメリカさんはドンパチできないですよねぇ。
緊張状態は続くんじゃろうね。
要人が朝鮮半島や日本近辺からお引き取りになった頃が、怪しいのかな??

さて、種無しパン、すなわちマッツァについて思い巡らせる一週間となったわけですけども、同時に聖書のあっちこっちの句も、思い浮かぶもんですな。

パン種…、それは人の「教え」だったりする。
また、私たちの内にある不品行、悪意、邪悪だったりする…。

ある方が、ご自分の慕っておられる教会の流れが、主にある他の教会の流れの人に批難される事について、胸を痛めておられた…。
きっと、そんな方はかなり多いものと思われる。
図らずも、わたくしめも批難される側の一人となっちゃったわけで(笑)。

どうやったら、主の御身体と呼ばれる人々が、この地でも一つ身体になれるんじゃろう…。

「私は〜〜派」
…と、そういう類いの所属意識があるうちは、ダメなんじゃろうなぁ…。
組織的なグループ造りも、和解による組織的な結合も、歴史から学ぶ限り、うまくいってない…。
むしろ、バラッバラな結果じゃ…。

種無しパンを見る時に、大きなヒントをもらえるように思うわ。

それはきっと、「取り除く」ことじゃわ…。

種を棄てないままの融合、妥協点で妥協するグループの協力関係とかではなくて、人生 縁あって所属する事になった流れを擁護 固執するとかでもなくて、
全く個人的に、どこにいようが、どこに所属していようが、「自分が」気をつけて、聖書の教える真意からのズレ、ズレて教えてしまわれて悪意なく取り込んでしまった教え、内なる悪意、邪悪、不品行、これらを意識して取り除く…。

そういう意識を大切にする個人の群れが結果的に…、それは会ったことも話したこともない間柄であったとしても、主にある一つ身体の人となるんじゃわ、きっと。

地上で組織的に一つになることは、反キリストがある程度上手にできるんか知らんけど、はぁ終わりまで期待はできそうにないなぁ…。

しかし、「パン種を取り除く」人たちは、霊においてはこの世でも、直ちに一つになり得る…。

これを読んでくださっているかもしれない、名も知らないあなた様。
主イエスを愛しておられますか?
わたしも主イエスが大好きです。

お互い、しがらみ背景や闘いがいっぱいありますね(^^;)
あなた様もそうなさっておられる事と思いまするが、わたくしも、分からないことがたくさんありながらも、自分の内からパン種を取り除いてまいります。
お目にかかったことのないわたくしかもしれませぬが、同じ時代を過ごし、同じ今という時間に召された者同士、一つとなって、それぞれ召された道について、進んでまいりましょうや。

そしてついに、主の宮の完成を見る者と、させていただこうではありませぬか。

マラナ・タ!
主よ、来たりませ!
(^^)/

参考
「わたしが言ったのは、パンについてではないことを、どうして悟らないのか。ただ、パリサイ人とサドカイ人とのパン種を警戒しなさい」。
そのとき彼らは、イエスが警戒せよと言われたのは、パン種のことではなく、パリサイ人とサドカイ人との教のことであると悟った。」‭‭マタイによる福音書‬16:11-12‬

「新しい粉のかたまりになるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたは、事実パン種のない者なのだから。わたしたちの過越の小羊であるキリストは、すでにほふられたのだ。 ゆえに、わたしたちは、古いパン種や、また悪意と邪悪とのパン種を用いずに、パン種のはいっていない純粋で真実なパンをもって、祭をしようではないか。
わたしは前の手紙で、不品行な者たちと交際してはいけないと書いたが、 それは、この世の不品行な者、貪欲な者、略奪をする者、偶像礼拝をする者などと全然交際してはいけないと、言ったのではない。もしそうだとしたら、あなたがたはこの世から出て行かねばならないことになる。
しかし、わたしが実際に書いたのは、兄弟と呼ばれる人で、不品行な者、貪欲な者、偶像礼拝をする者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪をする者があれば、そんな人と交際をしてはいけない、食事を共にしてもいけない、ということであった。 外の人たちをさばくのは、わたしのすることであろうか。あなたがたのさばくべき者は、内の人たちではないか。外の人たちは、神がさばくのである。 その悪人を、あなたがたの中から除いてしまいなさい。」コリント人への第一の手紙‬5:7-13‬

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みはり

神戸に向かっております。

昨日の松阪はいいお天気で、海も船内も穏やかで、いろんな意味で(笑)、いい気持ちの1日でしたねぇ。

夜航海中の外海では、南西の風と波がしばらく立ってグラグラしましたけど、大幅な遅れは出ない模様。
お昼頃には到着であります。

さてさて、娘を持つ親としては腹わたのフツフツしてくるようなニュースをやっておりましたが、ここでは取り上げず、事実解明と公正な判断 裁きを待つことにいたしましょう。

物騒なニュースもやっておりますね。
近隣のあの国に対する、今日はXデーか?…なんて記事が目に入って来ましたねぇ…。

始まっちゃったら巻き込まれるのは確実でしょうけども、リーダーたちは威勢がいいですなぁ。
情勢を分析する人たちもたくさんいらっしゃいまするが、はぁ誰がほんまの事言うてくれとんのか サッパリ分からん。

事実として、アメリカ軍は集結して戦闘態勢いつでもOK。
あの国にとっては国威を掲揚する大切な日。
日本国民は脳天気…。

晴れ、時々ミサイル…なんて事にならなければいいですけども。

今日は身体はお仕事をこなしつつも、祈りに思いを向けておきたいと思いまする。

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きせつの かわりめ

横浜を出港。
三重の松阪に向かっております。

お家では出エジプトを記念する過ぎ越しの祭りをしてみたばかりで、家族や親しいお友達と自由を喜んだわけでありまするが…、また お仕事乗船…。 「出エジプトしたのに、エジプトのような生活に戻るのか(*´Д`*)」と、道中はなんだか複雑でありました(笑)。

ところが来てみたら、エジプト王 ファラオのようなかたが船におられませんでした。

この日記、会社が密かに進めている話も含まれており、船の関係者に見られるとちょっと具合が悪いので詳しくは書けないんですが、 一昨日は横浜から乗船だったんですけども、うちの会社はちょうど横浜に事務所を構えておりまして、
「乗船前に会社に寄ってください」と会社から連絡がありまして、そうしたのでありまするよ。

どうやら、みんなの平和のために(笑)、ファラオさんをこの船から外すことにしたんじゃそうな。

で、今は代行船長さんがボスなんじゃけど、代行船長さんももうちょっとしたら休暇をせんとおえん。
そこで、その人の休暇と、もう一つの船の船長の休暇の時に、わたくしめが代行船長をしてほしいとの打診が、会社に立ち寄りを求められた理由じゃったん。

この会社の数隻あるお船は狼さんだらけなもんで、そういった人たちに、わたくしめの評判は「なぁんも仕事の出来んやつ」ということにされておったし、会社にもそう言ってたはずだから、この会社にいる限り、上に上がる事はないじゃろうと思うとった。

よっぽど人に困ったんじゃろうね…。

でもま、妬まれるのは読めとったから狼さんたちには言ったことがなかったんじゃけど、過去に船を任されとった経験は、あるん。
わたくしめとしては、家族を養えてたらそれでよし、別に責任の増えるリーダーの座に上がらんでもええと思ようったんじゃけど、頼まれたんなら、人に困っとるのは分かっとるし、断る理由もない…。

ということで、もうちょっとしたら代行船長をいたしまする。
ただ今 カンを取り戻す練習中なり。

夏頃には船を変えちゃう予定なんですけどね。
それまでの短い期間ではありますけども…。

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まっつぁと あぶらと しお

おやまぁ、雨ですねぇ…。
休暇もあっというまに終了。
今日は横浜に寄港している船に戻る日であります。

過ぎ越しの食事を、子どもの習い事つながりの可愛いお客さんたちも交えてやってみたんですけど、いろいろ学べて楽しかったですよ。

ママが焼いてくれたマッツァがことのほか美味しく焼きあがりまして…。
ウヘェ〜ってなるはずの苦菜サンドの苦味さえ呑み込んで、かえってそれさえ旨味に感じられて
あれ? うまい!
ってなもんでした(笑)

あまりの美味さにツッコミが入ったんですけどね。

あれ? 油が入ってる?

そう、ラビさんから教えてもらったというマッツァのレシピがクックパッドに出てたから、その通りに小麦粉に水、それにオリーブ油と塩を少々いれたのよ…。

油と塩まで混ぜたんですかぁ!?
聖書のどこにそんなことが書いてあるんですかぁ! 油も塩も混ぜちゃいけないでしょう。
クックパッドは確認するくせに、聖書には確認しないんですね!(笑)

オリーブ油と塩を許可したのはパパなんですけどね。 σ(^_^;)
確信を持って突っ込まれたツッコミに対して、確かに確認しなかったし、そのピンポイントについては自信もなかったものですから

ごめんなさいね。確認しなかったですね。と、早く食事をしたい子どもたちのためにも続きを進行したわけですけども、
そのツッコミのおかげで、全てが終わって、お客さんたちも送り出し、片付けも終わって、子どもたちも寝静まった後で確認したわけですけども、あらためて、聖書ってよくできてるなぁ…と感心しましたわ…。

過ぎ越しの種なしパンには、確かに、油と塩については書いてない…。出エジプト記。
そこまで突っ込んで言及していないと申しましょうか。
反対に言えば、入れてはならないと書いてるわけでもない…。

別の箇所の種なしパンについて、油を入れてはいけないと突っ込んで、つまり強調して、書いているところはある。
ささげものに関する規定なんじゃけどね。
それは、罪のための穀物のささげもののみ…。
「もし二羽の山ばとにも、二羽の家ばとのひなにも、手の届かないときは、彼の犯した罪のために、供え物として麦粉十分の一エパを携えてきて、これを罪祭としなければならない。ただし、その上に油をかけてはならない。またその上に乳香を添えてはならない。これは罪祭だからである。 彼はこれを祭司のもとに携えて行き、祭司は一握りを取って、記念の分とし、これを主にささげる火祭のように、祭壇の上で焼かなければならない。これは罪祭である。」‭‭レビ記‬‭5:11-12‬

その他の穀物のささげものは皆、つまりその他の種なしパンには皆、油がかけられ、神の契約の塩は欠かしてはならない…。レビ記2章。

油はキリストの御霊、聖霊を象徴するものですよね。
塩については、「あなた方は地の塩です」「塩が塩気を失ったら…云々」なんてイエス様による解説が書いてありまする。

種なしパンが私たちの象徴であることを鑑みると、罪祭、罪となってしまって神との関係が断たれた状態にあっては、油も、かぐわしい香りもない状態であること、それは納得できる…。

一方、ヨハネはこうも言ってますよね。
「あなたがたのうちには、キリストからいただいた油がとどまっているので、だれにも教えてもらう必要はない。この油が、すべてのことをあなたがたに教える。それはまことであって、偽りではないから、その油が教えたように、あなたがたは彼のうちにとどまっていなさい。」‭‭ヨハネの第一の手紙‬2:27‬

さらに深く考えてみますと…。
こういう儀式的なものは、形だけでも進めることができてしまうもので、信仰による神との交わりを持っていなくても、やろうと思えばやれちゃう…。 「キリストの御霊を持たないものはキリストのものではない」ローマ8:9
…そんな人たちもイスラエルの中にはいつつ、過ぎ越しの祭りは繰り返されたじゃろう…。
油なし種なしパンじゃわ。

ということで、わたくしめの内での落とし所、結論。

過ぎ越しの祭での種なしパン。
急ぐ!ということや、私たちの身代わりに罪となってくださったキリスト、という連想のためには、油も塩も混ぜないマッツァはふさわしい。

その理解の上で、マッツァを見たり味わうことによって、罪なきキリスト、罪を取り除かれた私たちがどのような者であるかを思い返し見るためには、油入り、塩味つき、苦い思い出さえ旨みに変えちゃうマッツァで祝うことは、目くじらをたてて断罪されるほどの間違いでも、ない…。

苦味をも呑み込んじゃう美味しいマッツァで種なしパンの祭りを祝うことは、実は更に聖書的なんじゃねぇじゃろうか??

さて、お船に出かける準備をいたしまするか…。

今日も1日、God bless You!(^^)

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